藤宮
はじめに
弊社では、様々な成分分離を試みておりますが、その一例として、IMS(Ion Mobility Spectrometry)計測データを対象とし、その成分のテール形状を考慮した波形の成分分離の例をご紹介させていただきます。
1.IMSの出力例
図1にIMSからの出力波形を示します。
この波形は1回の計測波形ですので、通常は加算平均によるSN改善を行いますが、今回はこの1回の計測波形をそのまま対象として成分分離を試みます。
図1 IMSの計測波形例
図1の波形では、先頭のRIP(Reaction Ion Peak)部分の前の4,500msあたりから徐々に0レベルから上がり始め、全体的にベースが浮き上がっています。電子シャッターがONになり、ドリフトチューブ内に逆流させているドリフトガスが含んでいるイオン成分が、ターゲット電極に到達して全体に浮き上がるといった可能性もあります。
原因は明確ではありませんが、個別の成分からは除去されるべきと考え、これらを考慮して、成分分離を試みた例をお示しいたします。なお、IMSでは、各ガス成分の分子固有の衝突断面積に応じてドリフトタイムに差がでて、理論的には正規分布関数状にターゲット電極でイオン電流が検出されることになります。
しかし実際には、電気的な伝達関数など様々な影響を受けてテールを引くことが多いです。弊社では、正規分布関数をsinh-arcsinh変換して立ち上がり立ち下がりの傾斜の程度を可変できるSHASH分布関数*を利用して、成分の分離を行っております。
* M. C. Jones: Sinh-arcsinh distributions, Biometrika (2009)
図2 shash分布関数の一例
2.成分分離例
本解析処理の流れは下記の通りです。
- バックグラウンドの除去
- SHASH分布関数によるパラメータフィッティング
- 成分量の数値化
2.1 バックグラウンドの除去
全体に浮き上がっているレベルを除去するために、大きな半径を持つ円盤を仮定してその円盤が転がっていくイメージでノイズを除去する方法「ローリングディスク」(2次元ではローリングボール)と呼ばれるアルゴリズムで浮きを算出して除去します。
図3 ローリングディスクによるバックグラウンド除去
(左:原波形とバックグラウンド、右:バックグラウンド除去後の波形)
2.2 SHASH分布関数によるパラメータフィッティング
基本波形を複数加算したカーブフィッティングでは、制約条件をどのように与えるかが正しい結果を導き出す鍵となります。上記の波形分離では、下記のような先見情報があります。
- (a) 形状パラメータ(分散や立ち上がり立ち下がりを決めるtau, nuなど)は近い値をとる
- (b) 各成分波形のテールはドリフトタイムが長くなるとわずかにテールも大きくなる
これらの先見情報を織り込んだ評価関数を作成することで、通常の最適化アルゴリズムで比較的安定に収束させることが可能となります。
図4 成分分離結果
(緑の縦線位置にガスが存在する)原波形:黒
RIPの前には通常定量化すべきガス成分がないため、図4のRIP前の誤差の大きな部分は解析をしておりませんが、必要に応じて残差の解析を行い、補完する場合があります(処理時間がかかっても良い場合はマルコフチェーンモンテカルロ法で最適成分数となるまで情報量基準を使用して計算する場合もある)。
また、検出したいピークの数は、計測波形のノイズの量も考慮して、感度などの調整を行う必要があります。しかし、ルーティンで行う計測では、それほどパラメータ調整や試行することなく、分離結果を得ることが可能です。なお、数値化に関しましては、パラメータが決まればその面積を求めるだけですので省略いたします。